ミシュラン・グリーンガイドについて
ギド・ベール・ジャポン
観光格付けというと、『グリーンガイド』こと、観光ミシュランとして知られる『Le Guide Vert Japon ギド・ベール・ジャポン(ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン)』を連想される方が多いのではないだろうか。
『レッドガイド』と呼ばれるホテル・レストランガイドは、日本人にも大人気となっており、広く知られるところとなった。テレビや雑誌のグルメ企画では幾度となくその名が紹介され、外食をする際の指標とされている方も少なくないと思われるが、この『レッドガイド』に対して『グリーンガイド』の方はというと、その出版目的や出版ターゲットの違い、さらにはターゲットが抱える文化の違いなどから、日本人が日本国内を観光する際の観光ガイドとしては、少なからず違和感を感じる部分があり、しっくりこないと感じた方も少なくないのではなかろうか。
第一印象や知名度、文化財の豊かさやレジャーの充実ぶり、美術的価値や公的評価、旅行のしやすさや利便性、外国人観光客の受け入れ姿勢など、その評価基準はどれも理にかなったものであり、観光資源を評価する上で大いに参考とすべきものばかりであるが、根本的な判断基準において、ターゲットが日本人か否かという点、さらにはそのターゲットが抱えるベースとなる文化の違いだけは避けて通れない問題であり、日本人を対象としていないこのガイドにより格付けされた日本の観光地は、当然ながら日本人にとっては?マークの付くものが少なからず含まれるものとなっている。
実際には、"あそこが選ばれるのなら、もっと○○や××が選ばれるはずだ!"とか、利便性の良い都市部に集中したその選定結果から、"本当に全国を巡ったのか?""評価が適当だ!"などの厳しい意見も公然と囁かれた。
しかしながらこの『グリーンガイド』の評価は、『グリーンガイド』の主旨をきちんと理解し、それを踏まえて見ればそれほど騒ぎたてるような結果ではなく、しこく妥当な結果だと思われる。
海外から日本を訪れる観光客をターゲットとしている以上、その評価基準にもあるように、旅行のしやすさや外国人観光客の受け入れ姿勢などの点に重きが置かれるのは当然であり、実際問題外国人観光客にとってこれらの事柄は非常に大きな問題でもある。
例えば"秘境"と言われるどんなに素晴らしい観光地であっても、交通の便が悪く、外国人向けの案内標識が無く、言葉の問題やガイドなどの受け入れ体制が整っていなければ、迷子になるばかりか一日かかっても目的地にたどり着けるかどうかわからない。
宿泊先も外国人の受け入れに戸惑うような所では、ミシュランとしても積極的に評価しづらいのは当然であり、それらの問題ひとつをとってみても、相対的に安心して観光できると思われる主要都市近郊が評価されるのは当然のことであり、国際空港からの交通の利便性や限られた時間でいくつもの観光地を巡る効率性なども考慮すると、評価対象が絞られていたとしてもおかしくはない。
その上で観光価値が評価され、外国人が異文化として興味を持つ場所、自分たちと日本との過去の歴史上の接点などを考えていけば、格付けにおいて高評価を得ているところがなぜ選定されているのか、自ずと理解・納得できるのである。
しかしながら一方で、『グリーンガイド』の評価選定において、都道府県や市町村などの行政機関が、事前に評価機関に対してどのような働きかけをしたのか? そのアピール度合いや提出した資料・情報量の差が、少なからず評価対象のピックアップ段階から観光資源の評価に至るまで影響しているのではないか?との指摘もされている。
地方の行政機関では、全く何のことだがわからないまま期限が過ぎてしまった…とか、対応できる人材や予算も無い…という話も漏れ聞こえてくる。
そんなことから『グリーンガイド』の格付けを快く思っていない方の中には、絶対的な時間・人・金銭的制約の中で、日本全国の観光地や観光施設を正しく評価することなど無理だ!と批判的な意見も出てきたが、それはなにも『グリーンガイド』に限ったことではなく、そもそも格付けとはそのようなものであり、格付けに絶対的なものなどない。
格付けとは、限られた条件下で、ある一定の価値観により行われるものであり、その基準によりいくらでも評価が異なるものであり、絶対的なものなど存在しない。評価基準が対象ごとにブレるような格付けに対しては、疑問を投げかけることは有効だが、評価基準そのものや格付け結果に対してあれこれ言うのは全くナンセンスだ。
このようなことは、『グリーンガイド』を快く思っていない方も頭では理解しているのであろうが、おそらくは『レッドガイド』の成功により神格化されている「ミシュラン」という権威ある評価機関が格付けしているからこそ生じる問題であり、避けて通れないものなのかもしれない。単なる雑誌の企画やネット投票などとは次元の異なる、世界的権威の格付けだけに、それだけ反響も大きいのだろう。
だがここで問題にしたいのはそのことではない。『グリーンガイド』の格付けを快く思っていない方の多くが、自分たちがこの国の観光資源を評価する基準で、『グリーンガイド』の選定箇所を眺めてしまっているということである。このことは『グリーンガイド』の見方そのものが間違っていることであり、このズレこそが言葉の問題や交通手段に困らず、日本の文化の中で育った私たち日本人が、日本国内を旅行するうえで、『グリーンガイド』がそれほど有益な情報源として機能しない最大の理由でもあるということだ。
具体的な選定箇所をみても、そこには欧米諸国と日本との交流の歴史や、欧米人が興味を抱く日本の文化を象徴するようなモノに重点が置かれ、こと開国や貿易の歴史に関するもの、城郭、古刹など日本独自の文化によるもの、江戸の下町や魚河岸など日本人としては身近過ぎてあまり評価していない観光地や、特別興味のわかない異文化交流施設や欧米建築物、国立博物館など収蔵品や史料価値を持つ施設などが数多く選ばれている。
逆に前述の標識や言語の問題を差し置いても、日本人の心を揺さぶる原風景などは、そのターゲットの違いから一般に認識されているような国内での評価からすれば、軽く扱われているように感じられる。これらはすべて『グリーンガイド』そのものの目的、ターゲットの違い、そして外国人が旅行しやすいような評価基準によりもたらされた結果であり、そのことを理解すれば自ずと解決できる問題でもある。
他人に押し付けるような意見ではないが、これまでの説明の中で『グリーンガイド』を快く思っていなかった方の中の一人でも多くの方が、見方を少し変え『グリーンガイド』を理解して頂けたらと願う次第である。
そして最後に、参考までに『グリーンガイド』の最も効果的な活用方法を、ここでご紹介しておきたい。『グリーンガイド』が我々日本人にとって、必ずしもしっくりこないものとなっていることについていろいろ述べてきたが、このガイドが間違いなく私たち日本人に教えてくれていることが一つある。
それは、外国人観光客の目から見て、日本の観光資源がどのように映りどのように評価されているのか、観光地としてどのようなエリア・場所が選ばれているのか、そしてそこからどのような観光資源が好まれるのか…ということである。裏を返せば、外国人観光客の誘致には、何をどうすればよいのか、どこに着目すればよいのか、何が不可欠なのかを教えてくれているのである。
このことは観光に携わる者からすると、非常に勉強になることであり、これからますます増えていくであろう外国人観光客の誘致に関して、とても興味深いことでもある。
各都道府県や市町村、さらには個々の観光施設がこのことを理解し、この先のインバウンド需要に関して、どのような対策をとって行けばよいのか、ひとつの方向性を示しており、ひとつでも多くのヒントをここから得ることを期待する。特に国際便が飛ぶ赤字続きの地方空港を抱える行政機関などは、真剣に向き合い大いに参考にすべきではないか…。