ロマンチックな伝説を持つ橋
静岡県を代表する観光名所の一つとして、1983年に『21世紀に残したい日本の自然100選』に、1987年には『新日本観光地100選』に、そして2002年には『遊歩百選』に選ばれている、大井川水系の上流、朝日岳と前黒法師岳(まえくろほうしだけ)を望む南アルプスの麓に位置する「寸又峡」(すまたきょう)に、ひとつの有名な橋が架けられています。
その橋の中央付近で、恋の願い事をすると、その恋が叶えられる…という、とてもロマンチックな伝説を持ち、若い女性やカップルに人気となっているその橋が、寸又峡を代表する観光スポットであり、『ふじのくにエンゼルパワースポット』でもある『夢の吊橋』です。
2012年には、旅行口コミサイトとして世界中で人気のトリップアドバイザーが選ぶ、『死ぬまでに渡りたい!? 世界の徒歩吊り橋 10選』にも選ばれています。
日本からは、徳島県の「かずら橋」も選ばれていたのですが、全国的に知られ古くから観光名所となっていたかずら橋に対し、知名度の低かったこの夢の吊橋が、世界中の数あるつり橋の中から選ばれたことに、どこにある?どんな橋なの?とマスコミも大騒ぎし、連日テレビで報道されたのを覚えています。
私自身、日本の10選ならまだしも世界の10選となったことに驚きましたが、同時に「谷瀬の吊り橋」が選ばれていないことに、そこまでは目がいかなかったのかな~と思ったりもしていました。
そんな世界中にその名が知られることとなった夢の吊橋は、寸又峡を流れる寸又川を堰き止め造られた「大間ダム」のダム湖に架かるつり橋で、全長90m、高さ8mの鉄線のつり橋となっています。
寸又峡周辺にはいくつかつり橋があり、また下流の大井川には長さ220mの「塩郷の吊橋」という、夢の吊橋の倍以上の長さを誇る夢の吊橋と形状の似たとても長いつり橋があり、数値的には大したことのないこの夢の吊橋が、こうして人気の観光スポットとなっているのには、それなりの理由が隠されている訳です。
3つのハイキングコース
夢の吊橋がある寸又峡には、硫化水素系の単純硫黄泉で、肌がつるつるすべすべになるとして「美女づくりの湯」「美人づくりの湯」として古くから知られる、pH値の高いアルカリ性の「寸又峡温泉」があります。
温泉街への入口には、写真左上の水車が目印の「寸又峡温泉第3駐車場」があり、そこから温泉街を抜けていくと、車止めの先に、写真左下の夢の吊橋へと続く遊歩道が延びています。
この遊歩道は「寸又峡プロムナードコース」と呼ばれるもので、かつての軌道跡を進む道なのですが、歩みを進めていくと、トイレ施設の「天子の香和家」の先に、写真右上の「天子トンネル」が現れます。
落石が多く注意が必要な場所なのですが、このトンネルを抜けると二股の分岐点に出くわします。後述しますが、この分岐点が非常に重要なポイントとなりますので、覚えておいて下さい。
そこを案内矢印に従い、右手の下り坂を進むと、やがて写真右下の階段が現れ、これを下って行くと夢の吊橋の袂へと出ます。
夢の吊橋を抜けた先など、詳しいコース案内については、寸又峡温泉の記事を読んで頂くとして、この他「グリーンシャワーロード」「外森山ハイキングコース」という3つのハイキングコースが、この寸又峡にはあります。
コースにより、また個人個人の楽しみ方によっても異なりますが、だいたいどのコースも1時間半~2時間もあれば、ゆっくりと満喫することができます。
新緑の季節や秋の紅葉など四季折々の自然が楽しめ、それぞれ大人から子供まで気分をリフレッシュするには最高のハイキングコースとなっていますが、その中で一番の人気コースとなっているのは、やはり夢の吊橋を巡る「寸又峡プロムナードコース」です。
定員10名!11名以上は危険!
そんな寸又峡プロムナードコースにある夢の吊橋は、長さもさることながら、水面からの高さもたった8mしかなく、つり橋として数値的に特段採り上げるようなポイントはありません。
また幅は狭いながらも、横桟の上には真っ直ぐに伸びる2本の板がきちんと敷かれていることから、足下が透けるということはないので、高所恐怖症の方は別として、渡るのに思ったよりも恐怖感はないかと思います。
とは言え、揺れがダメな方はどんなつり橋でもダメでしょうから、手前までで諦めるか、どうしても対岸へ行きたい方は、先程の”二股の分岐点”で左手に進み、ぐるりと「飛龍橋」の方へ迂回して下さい。
ただし行列ができるハイシーズンは、一方通行で引き返すことも難しくなるので、その時は意を決して渡りましょう!
橋に設置された看板には、定員10名・11名以上は危険!と書かれていますので、くれぐれも集団で一度に渡ったり、悪ふざけして飛び跳ねたり大きく揺らしたりするなどの迷惑行為は慎みましょう。
それでなくとも、2~3人が同じリズムで歩調を揃えて左・右・左・右と歩くだけで、揺れが増幅されて怖がる人も出てきますので、自分は大丈夫でも周りを気遣いながら渡りましょう。
ちなみに一部の古い書籍には、定員5名と記述されていたりもするので、定員10名という表示は大げさな数字ではないかと…
大渋滞の原因をつくらないように!
そんな夢の吊橋ですが、シーズンオフや平日など、訪れる観光客が少ない時は大丈夫なのですが、ハイシーズンや最近では単なる連休や土日祝日でも、混雑時は一方通行となっています。
夢の吊橋がそうなので、必然的にこのハイキングコース全体が一方通行のような流れとなり、橋の途中で引き返すのは当然のこと、橋の袂で怖くて渡るのを止めることもままならない状況となります。
特にGWやハイキング日和の秋の紅葉シーズンなどは、私が静岡に移り住んだ頃には想像もできませんでしたが、定員10名という人数規制もあってか、渡るのに2時間待ちという、ディズニーランド張りの行列ができることもあります。
先程の”二股の分岐点”で、右手の坂道を下ったら最後、どんなに怖くても渡らなければならなくなるので、自分が大渋滞のキッカケとならないように注意してください!
また、足もとに伸びる2本の板は幅が狭いので、後ろの人が横に避けて追い越すとなると、透き透きの桟の上に足をかけることとなり、こうなると怖くて足がすくむ方も出てきますので、そういう意味でも大渋滞の原因をつくらないように、長々と記念撮影をしたり、道をふさいで話し込んだりしないように気を付けて下さい。
繰り返しになりますが、GWや紅葉シーズンなどはかなりの混み合いとなり、”混雑時には一方通行になる!”ということをお忘れなく。運命の分かれ道は”二股の分岐点”ですよ!
その上で、行列待ちをする覚悟と、一歩踏み出したら引き返せないという覚悟を持って訪れて下さい!
ちなみに、数年に一度ダムの補修や砂利の撤去などで、ダム湖の水抜きが行われるのですが、時代を反映してか、最近ではつり橋の下から携帯やスマホがいくつか発見されます。
橋の上で記念撮影を行う際などは、携帯やスマホを落とさないように注意して下さい。特に混雑時には、無理な姿勢で撮影したり、他人の手がぶつかったり押されたりしますので、十分注意してください!
「夢の吊橋」を訪れるなら朝一番に!
私は大概夜明け前に車を走らせ、朝一番でこの夢の吊橋に行っているので、前述のような通行規制にあった経験は一度もありません。
朝一番の夢の吊橋は、長足になれる!?のは別として、ほとんど人影もなく、静寂の中に時折小鳥の鳴き声などが聞こえ、つり橋の途中で止まってゆっくり周囲の美しい景観を楽しんだり、自由に橋を行ったり来たりすることが出来ます。
登山と同じで、グリーンシャワーを浴びながら、自然を肌で感じ満喫するには、やはり早朝に限ります。
どこの観光地もそうですが、団体客に紛れての観光は、ただその場に行ったという満足感や達成感だけになりがちで、自分たちのペースでゆっくりと景観を楽しんだり、自然と向き合ったりして内面からその観光地を楽しむことが難しくなりますので、遠方の方は秘湯の寸又峡温泉に宿泊して、朝一番でこの夢の吊橋を訪れることをおすすめします。
つり橋をむやみに揺らされたり、ホッと一息入れる間もなく、お尻を突かれながらせかせか渡ったりするようでは、良い思い出にもなりませんし、落ち着いて恋の願い事もできませんからね…。
ただし、夜間の落石などで道が荒れていることも多々あるので、特に朝一番は注意してください!
歩けばわかると思いますが、落石は特別なことではなく、大小いろいろありますが頻繁に起きていますので、本当に注意が必要です。もちろん日中もですよ!
エメラルドグリーンに染まった湖面!
この夢の吊橋の最大の魅力は、四季の変化が楽しめる自然豊かなそのロケーションもさることながら、夢の吊橋が架かる大間ダムの湖面の輝きではないでしょうか。
夢の吊橋上から、写真上の大間ダム側を眺めても、写真下の飛龍橋方面を眺めても、その景観の美しさのベースには、湖面の輝きがあります。
時にエメラルドグリーンに輝き、時にコバルトブルーに染まるその湖面の美しさは、裏磐梯の「五色沼」を彷彿させるものであり、一言では形容できない美しさを放っています。
一説には、静寂の中、キラキラと輝く湖面に浮かぶ橋の姿が、あまりにも神秘的かつ幻想的な空間を作り上げることから、時にその光景が夢に浮かんで見える…ということで、『夢の吊橋』という名が誕生したと言われています。
ただ一方で、つり橋を渡るのに足がすくんだ恐怖体験から、夜中に夢にまでみる橋だとの説もあります。
いずれにせよ、この夢の吊橋が架かる大間ダムの湖面は、訪れる者を楽しませ魅了する美しさを放っている訳で、このような美しい湖面を演出するものとして、よく光の波長の話とチンダル現象があげられます。
この光の波長とチンダル現象については、遊歩道にある説明看板でも詳しく解説されています。
個人的には、光の波長については学生時代にも勉強していたのでしょうが、正確に理解したのは、夕陽が赤い訳…などとともに、色彩検定のテスト勉強をした時だったように思います。
チンダル現象については、この夢の吊橋を訪れた際に初めて耳にした訳で、何度も何度も説明看板を読み直しては、湖面を見つめ首をひねっていたのを覚えています。
何だそれ?とお思いの方は、夢の吊橋の下に広がるエメラルドグリーンの湖面と説明看板を見比べながら、現地・現物・現実にてお確かめ下さい。
いずれにせよ、チンダル現象によりエメラルドグリーンの湖面の輝きが生まれるのも、水が澄んでいることが前提な訳で、湖底が見えるほどの透明度があるからこそ、この神秘的な美しさが見られる訳です。
「くろう坂」に「えっちら階段」
夢の吊橋を渡りきると、すぐに「木こり橋」という、周囲に埋もれ一見ただの道に見える、橋とは気付かない感じの橋があり、その後「尾崎坂展望台」へ向けて、304段の急な階段が続いています。
大した距離ではないのですが、この道のりが意外に大変な訳で、一気に登り切ろうとすると、夏場などは息が切れてしまう感じの道となっています。
何度か訪れていると、健康のバロメーターになるような所であり、前述のとおり混雑時には夢の吊橋は一方通行となりますので、つり橋が平気だった方でも、この階段道でやられてしまう方がいらっしゃいます。
つり橋が苦手だった方にとっては、一難去ってまた一難という訳で、やっとこさつり橋を渡り切りホッとしたのも束の間、ダブルパンチの二十苦となりそうです。
ここでも運命の分かれ道は”二股の分岐点”となりますので、つり橋は平気でも体力に自信の無い方は、ハイシーズンは引き返せないので、飛龍橋方面へと迂回して下さい。分岐点にはその旨の注意看板も設置されていますので、見逃さないように!
ちなみに、この遊歩道にある階段道には、「くろう坂」「えっちら階段」という名が付けられており、途中には「やれやれどころ」というユニークな名前の休憩所があります。
そこで寸又峡の自然を眺めながら一服しながら、自分の体と相談しながら再度登り切ってみて下さい。
何もないところが、寸又峡の魅力!
いろいろとご紹介してきましたが、この夢の吊橋周辺には、特別これといった見所があるわけではありません。冒頭にも書いたように、夢の吊橋そのものもごくごく普通のつり橋であり、橋そのものに特筆すべき点はありません。
しかしながら、この何があるというわけではない、何もないというところが寸又峡の魅力であり、ただありのままの手つかずの自然が残されているところが寸又峡の良さであり、自然に任せ神のみぞ知る自然が創り上げる景観を、ダム湖の湖上より眺められるところに、この夢の吊橋を訪れる楽しみがあります。
自然が猛威を振るった後のダム湖の水は茶色く濁り、また夏場の水枯れ時などにも、エメラルドグリーンやコバルトブルーの湖面の輝きに出逢うことはできません。
それは訪れる者にとっては不運であり残念なことではありますが、それも自然の一部であり、それも含めて自然と向き合い対話するのが寸又峡だとも言えます。
また何もないということは、何かあった時にそれを際立たせてくれる訳で、時に自然が織り成す神秘的な光景が、瞬時に美しいものとして自分の中へ入ってきます。意識せずとも自然と対話でき、自然と触れ合え感じられる…、それが寸又峡であり夢の吊橋なのです。
”美”と言うものは、それを美しいと感じる”ココロ”が養われていて初めて、美しいと感じることができます。
悪天候の時や輝きの無い湖面に期待外れだったと嘆きたくなる時には、気持ちを切り替え、寸又峡が見せる一瞬の”美”を逃さないように”ココロ”を研ぎ澄ましながら、ハイキングコースを楽しんでみて下さい。
きっと神様は、その時その瞬間だけの”美”を与えてくれますよ!
そうしてゆっくりとハイキングを楽しんだ後は、美女づくりの湯の露天風呂に入るもよし、とろろ蕎麦や山菜そばを食しながら川根茶でホッとするもよし、さらには名物の「山いも餅」や抹茶ソフトに舌鼓するもよし、山間地ならではの味覚や過ごし方を楽しんでみて下さい。
どうですか、あなたも恋のおまじないをしに、そして楽しい夢の続きを見に、静岡県屈指のパワースポットである、寸又峡『夢の吊橋』に、足を運んでみませんか?