伊豆八十八ヶ所霊場の第41番札所だよ!
阿弥陀如来像を御本尊とする伊豆八十八ヶ所霊場の第41番札所。1350年、賀茂郡縄地村(現在の河津町 縄地 ※娼地村との説もある)に、昭善が真言宗寺院として開創。1589年、本郷村(現在の下田市 本郷)に移り、量誉が浄土宗に改宗し「布根山 天気院」と称したが、翌1590年に当地に移り「富厳山 海善寺」と改称した。1959年に焼失した本堂はモダン建築となっているが、江戸時代当時の面影が残る三門が素晴らしいよ!
14代将軍家茂も、風待ちで滞在しているよ!
江戸末期の1864年に、14代将軍 徳川家茂が木造蒸気船「翔鶴丸」で上洛の折り、西風に阻まれて下田港に退避し、この寺で年越しした記録が残り、かつては庭前にお手植えの松があった。また明治時代の1859年には、日本灯台の父であるR・H・ブラントンが手がけた、石造灯台では日本最古の現役の灯台となる神子元島灯台の建設にあたり、マクヴェイン技師や護衛の県兵の宿舎にもなっていたんだよ!
下田領主だった戸田忠次の居館跡だよ!
戸田忠次は、1590年の徳川家康の関東移封に伴い、伊豆下田城5000石を与えられたんだよ!