韮山反射炉とは?
静岡県伊豆の国市韮山にある、1922年に国の史跡に、2007年に近代化産業遺産に、そして2015年7月に世界文化遺産に登録された、高さ15.7mの日本で唯一現存する実用反射炉。
反射炉とは、銑鉄を溶かして鉄を生産するための炉で、溶解室の天井をドーム状にし、熱を反射させ炉内を高温に保つ構造としたことから反射炉と呼ばれた。
当初下田に建設予定だったが変更され、韮山代官だった江川英龍が手がけるも1855年正月に病死。その遺志を継いだ子の江川英敏により、佐賀藩技師の助力もあり、1857年11月に3年半の歳月と約26,000個にも及ぶレンガを使用し完成。
1864年に役目を終えるまで、東京お台場に据えるための大砲など、国防のための西洋式大砲が鋳造された。
韮山反射炉の見所
世界遺産 韮山反射炉
2015年に『明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業』の構成資産として世界遺産登録された韮山反射炉だが、元々九州・山口の近代化産業遺産での動きで、後に追加されたため、突如湧いた棚ぼた的登録だった。
『ザ!鉄腕!DASH!!』で知名度アップ!
昔は反射炉と聞いてもピンとくる人が少なかったが、TOKIOの『ザ!鉄腕!DASH!!』の反射炉づくりのおかげで、反射炉という名前もその構造や役割も理解している人が増え、また興味を持って韮山反射炉へ訪れる人も増えた。
茶畑から望む韮山反射炉
見る角度により変幻自在にその表情を変える韮山反射炉だが、高台の茶畑から見ると、角度によっては煙突が束なって一本に見えたりもする。天候が良ければ、富士山との世界遺産コラボも見られる。
必然的デザインが偶然の産物を生む
直角に配されていることもあり、横から見ると3本煙突にも見える。大砲づくりに4つの溶解炉が必要だったことによる必然的なデザインだが、このことが韮山反射炉の陰影や表情を豊かにしており、見る楽しさを膨らませている。
連双式を2基直角に配した韮山反射炉
裏側から見た韮山反射炉の眺めだ。子供のお絵かきでも格子柄で描かれる韮山反射炉。蘭書に基づき連双式を2基直角に配し、4つの溶解炉を同時稼動させ大砲を鋳造した。個人的には、新緑の季節の反射炉が一番好きだ。
韮山反射炉の補強の歴史
完成時は鉄骨は無く、1868年に鉄帯が、1908年には219挺のロシア軍の小銃による銃剣柵の補強がされた。その後、1930年の北伊豆地震で北炉の煙突が崩壊すると、1957年に現在の様な格子状の鉄骨による補強が行われた。
焚所風入口
上部にある焚所へ自然送風される風入口で、灰穴の他、ここから上を見上げると、ロストルを置いた枕木の様な受け棒の奥に、河津町の梨本にしかない粘土土を使用した耐火煉瓦で造られたアーチ状の焚所が見える。
焚口と鋳口
伊豆石の奥の左側が焚口で、福岡や茨城などから運ばれてきた石炭を入れた所だ。右側が鋳口で、溶解させる銑鉄などを入れた所で、反射炉の構造上最も高温になる所だ。DASH島の反射炉も、全く同じ形で2つの穴が開いている。
出湯口と鋳台
左側の〇が溶解鉄が流れ出る出湯口で、右側が鉄のカスを取り除く出滓口。その上の□が、かき混ぜたり品質チェックを行った方孔だ。手前の四角い地面の下に、大砲の鋳型を置いた4.06m四方で深さ2.7mの鋳台が埋まっている。
鋳鉄製24ポンドカノン砲
お台場の砲台に据えるために鋳造されたカノン砲を、長沢家に残る古図を基に木村鋳造所が1998年に復元したもので、全長3.502mで重さ3.5tだ。実際には18ポンドは鋳鉄製、24ポンドは青銅製だった模様。
日本で唯一現存する実用反射炉だよ!
試験炉としては萩反射炉があるが、実際に稼働した反射炉で現存するのはここだけ!
東京お台場に据えるための大砲もここで鋳造!
連双式を2基直角に配置し、計4つの溶解炉を同時稼働させて、大砲を鋳造したんだよ!
実は無かった格子柄!
外観を彩る格子状の鉄骨は、耐火煉瓦の煙突の倒壊防止の補強で、昔は無かったんだよ!
韮山反射炉 編